魯山人と古染付

「他人に借りては印刷工場に持ち出すため完全を期しにくい。借り物では自由にならない。これが自己所蔵から選んだ理由である。」 魯山人先生は昭和6年京都便利堂印刷から、自分の古染付コレクションだけを所載した「古染付百品集」の上巻を、翌年には下巻を刊行しました。上下とも青海波に桜花を散らした、布張り秩入りで自装の拘った作品集でした。 …
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永楽和全 梅画圓形鉢 「魯山人と古美術」より

梅には「不屈の精神」「忍耐」という花言葉があるそうです。 現在のコロナ禍の世界に向けて人々が持つべき心掛けです。 今は「忍耐」の時であり、これを乗り越えて行こうという一人の「不屈の精神」は刺激となって多くの人に伝わっていく。またそれがさらに大きな力になって越えられないものが越えられる。 世界中の人々が1日も早く平穏…
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南京赤絵唐子文向付 五 「魯山人と古美術より」

南京がある江蘇省から南下すること430㎞、江西省に陶磁器最大の産地、景徳鎮があります。 唐の後の五代には、すでに青瓷や白瓷などが作られ、長い歴史を持つ景徳鎮では明時代には「御器廠」と言われる官窯が置かれ、青花や五彩の陶磁器の名作が作られました。 官窯とは政治の支配下によって管理されている陶窯ですが、一方で民間で管理されていた景徳…
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須恵器細頸瓶 「魯山人と古美術」より

日本のやきものの大きな転換期は何度もありました。 古墳時代に朝鮮半島からもたらされた須恵器は「高温度焼成」と「轆轤」と「還元」と「窖窯(穴窯)」の賜物です。 縄文や弥生や埴輪にはなかった革新的な技術です。 かりっと焼締られた灰青色の肌に濃緑色の自然釉が胴部までかかっていますが、一筋だけが底部にまで垂れていて景色の妙を作…
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鶏龍山茶碗 「魯山人と古美術」より

愛陶家の垂涎の的に鶏龍山のやきものがあります。 昭和9年の魯山人家藏古陶磁図録を見ると「鶏龍山絵刷毛目徳利」「鶏龍山絵刷毛目壺」「刷毛目茶碗」をコレクションされていたことがわかります。 魯山人先生は大正時代には既に刷毛目などの作品がありますが少し硬めの作風でした。 昭和3年には一ヶ月間も長男の桜一、荒川豊藏先生、星岡窯の登…
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斗々屋茶碗 銘「藤浪」「魯山人と古美術」より

「斗々屋」「魚屋」「渡唐屋」「登ケ谷」 一般的に「斗々屋茶碗」と記される名前も色々あるようです。 「斗々屋茶碗」は高麗茶碗の一種で16世紀後半に朝鮮半島で生まれたと言われております。形によって「利休」「本手」「平」と大きく3種類に分けられています。この「藤浪」は平茶碗に属するものよりは少し立ち上がっているように思います。…
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北大路魯山人先生の酒器の逸品 「魯山人と古美術」より

魯山人先生の酒器の逸品をご紹介いたします。 魯山人先生の酒器を一度お使いになられるとその魅力がよく分かります。まるで自分の為に作ってくれたのではないかと錯覚するほど手に馴染み、お酒の味も格段に美味しくなります。 本日は豪華に7点の酒器の逸品をご紹介させていただきます。 赤呉須シノギ徳利 半磁器質の素地を細かく削いで彫…
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北大路魯山人先生 備前花入・備前大鉢 「魯山人と古美術」より

「備前焼の特徴は、なんと言っても、土そのものが世界に類なきものである。」 備前の魅力を「土に変化があり、味わいがある。備前は火と土の微妙な関連によって、間然するところなき美をもたらす。  渋い奥行きのある色は、単なる手芸の域では、もはや出すことはできない。一にかかって作家の芸術的才能の問題である。」 と魯山人先生は述べている。…
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北大路魯山人先生 三島水指 「魯山人と古美術」より

「三島手」「暦手」 陶磁器には面白い名称がたくさんあります。なぜその名前になったのか一つづつ紐解くと興味深いです。 李朝時代の粉青沙器(粉粧灰青沙器)の一つで白土の部分が象嵌模様になったものが、静岡県にある三嶋神社が江戸時代に発行したに暦に似ていることから付いた名前と言われています。他にも掻き落とした部分に白土が入った彫三島、花…
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古染付葉形向付と北大路魯山人先生 鯰向付 「魯山人と古美術」より

木の葉形辻堂・一葉水玉・桃形猿公採桃・双菊(陽花)・双菊(陰花)・魚・双魚・海老・法螺貝・筍・州浜魚藻・琵琶・蓮華・半輪菊・楓・柘榴・桃柘榴・大輪菊・桃山水・輪花波・貝形虫魚花鳥・瓜・開扇・半開扇・玉章・菱花・小判・口唇形・道化人物・菱花石畳・角形・輪花深鉢形・桃花人面物語・鮑・柑子・茄子・馬・兎・山羊・獅子・象・駱駝・鶏・蝶・蝉 …
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北大路魯山人先生 染付大吉羊鉢・此中清鉢・木の葉平向「魯山人と古美術」より

「ありそうでないもの」 本日、ご紹介させていただくのはありそうでない三作品です。 魯山人先生は大正14年に便利堂の中村竹四郎と永田町にある日枝神社の境内の星岡茶寮を借り受けて会員制の料理屋を始める。料理顧問として厳選した食材選びから料理を追求し、仲居たちの細かなサービスや着物に至るまで徹底とした教育を施した。財界を始め多くの…
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北大路魯山人先生 梅開大地春 「魯山人と古美術」より

「いかなる書を芸術といい、いかなる書を非芸術というか。」 この魯山人先生の言葉は書にだけに当てはまるものではなく、書の代わりに「漆」でも「陶器」でも全てに通ずるものがあります。 書は芸がつくと「書芸」となり陶器は「陶芸」、漆も「漆芸」となります。 書芸家というのはあまり聞いたことがないですが、陶芸家、漆芸家というのは世…
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北大路魯山人先生 禅悦 「魯山人と古美術」から

「世に人格以上とか、人格以外とかの書というものなどあり得るものではないからである。」 魯山人先生がお残しになられたお言葉です。 その先生が最も敬愛して止まなかったのは良寛様の書です。 「学者として、宗門の人として、また人格者として稀に見る美的偉人である。それら総てが内容となって、晩年の書はまさしく天下一品、美の化身とい…
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北大路魯山人先生 富士の図 「魯山人と古美術」より

ここしばらく新幹線も飛行機も乗っていませんがいつも車窓から、空の上から探してしまうのが富士山です。 本日は雨模様ですが、すっきり晴れた日には東京からも見えるときがあります。そんな時は何か良い事がありそうな気がするのですから本当に不思議です。 日本の信仰の対象でも、美の象徴でもある富士山は多くの画家の心も捉えました。与謝蕪村、…
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北大路魯山人先生 そめつけ竹鉢 「魯山人と古美術」より 

鎌倉山崎の魯山人先生の6000坪の自邸には春風萬里荘と言われる母屋や資料やコレクションを納めた第一、第二参考館、工房や登窯などの他に貴賓室として使っていた慶雲閣がありました。昭和17年頃からは魯山人先生自身が母屋から移り住んだその場所は松林と孟宗竹で囲まれ、風が吹くと松籟とサラサラとした笹の葉が擦れる音、鳥の囀りが聞こえていたことでしょ…
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北大路魯山人先生 もみじ皿 「魯山人と古美術」より

もみじは紅葉(こうよう)すると書いて紅葉ですが、風に揺れる新緑の紅葉も美しくて時を忘れさせてくれます。 しぶや黒田陶苑には小さくともとても贅沢な庭がございます。 2006年に新装開店する際に,長年お世話になっているお客様から記念に少しだけ葉を付けた大きな紅葉の木をいただきました。この紅葉の木は私どものギャラリーのシンボルツリーと…
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「北大路魯山人先生 牡丹絵ゆのみ 十人」 魯山人と古美術より

白磁の壺に牡丹を活け一日眺めていたことがあります。 花が開き始めるとどこからか高雅な香りが漂い始め、そして神々しくも清らかな大輪の花が浮かぶ葉の上に現れました。 あまりに美しくて美しくて、とても幸せな時間でした。 本日、ご紹介させていただく魯山人先生の湯吞にはそれぞれに牡丹の絵が描かれています。 先生はありとあらゆる素材…
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魯山人先生 志埜茶碗 「魯山人と古美術」より

1997年9月から翌年の6月まで日本橋高島屋を皮切りに開催され巡回された北大路魯山人展は某コレクターさんのコレクションを展覧したものでした。そのコレクターさんが最も大切にされていた茶碗がこの志埜茶碗でした。本年の新春にぐるりと廻って手に入れることが出来た時、この作品について熱く語られお教えいただいたことを思い出しました。 …
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鵲巣居の一展 その9 山口長男先生 曲

山口長男先生の作品が初めて理解できたのは陶芸家の家でした。 お寺の境内で山の上に佇む工房と家屋には、木々の合間から障子越しの光が入る応接間があります。 その土壁に長男先生の絵が掛かっていました。 衝撃的な出会いでした。 それまで何度も見ていたのに本当には分かっていなかったことに同時に気がつきました。 筆を使わず…

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鵲巣居の一展 その8 川喜田半泥子先生 茶碗 銘「把和遊」

「不風流處也風流」 上は臨済が黄檗の導きによって目覚め悟った時のことを白雲守端が現した詩です。前の詩を考えると様々な意味を持つと思われますがそのまま「風流でない處もまた風流」という読み方もできるようです。 「無茶處也茶」であるのか川喜田半泥子先生は「無茶」という号があります。いかにもお茶というところにはお茶は無いというのをユ…

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