南京赤絵唐子文向付 五 「魯山人と古美術より」

南京がある江蘇省から南下すること430㎞、江西省に陶磁器最大の産地、景徳鎮があります。
唐の後の五代には、すでに青瓷や白瓷などが作られ、長い歴史を持つ景徳鎮では明時代には「御器廠」と言われる官窯が置かれ、青花や五彩の陶磁器の名作が作られました。
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官窯とは政治の支配下によって管理されている陶窯ですが、一方で民間で管理されていた景徳鎮の民窯でも明末清初時代にこの作品のような陶磁器が大量に作れました。明時代の永楽帝までは首都は南京、それ以降は北京になります。その名残りで南京赤絵と言われたのか、あるいは南京が中国的距離感では案外近いから南京赤絵と付けられたのかは謎です。

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「南京赤絵」は天啓染付を思わせるような赤絵の呼称である「天啓赤絵」とも、清朝時代の康煕年間に作られた「康煕五彩」ともまた違う種類です。
明るく自由奔放で速筆で描かれていて、日本のお茶の美意識にも叶う趣を持つ南京赤絵は誠に楽しいものばかりです。

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本作品もその南京赤絵の一つで、四方入隅形の厚手の磁器素地に、格子の中に様々なお花や細かな祥瑞文様などが描かれ、その格子の上には蓮を持った童子が配されています。

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